人はなぜ美しいがわかるのか

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大学時代に私の最も印象的だった本が人はなぜ「美しい」がわかるのかという本でした。

 

 

世間ではよく美術に対して「わかる」「わからない」という言葉を使っているのを耳にしますが、当時美大に通っていた私からするとその言葉自体がそれって何なんだろうという疑問を持っていました。

 

 

 

絵を見たときに「わかる」「わからない」という言葉ですませていいのか?

そんな疑問です。

「わからない」って何なんだろう。むしろ「わかる」って何なんだろう。

 

 

そのもやもやした疑問を解決してくれたのが

人はなぜ「美しい」がわかるのか

タイトルがもうそのままですね笑

 

 

 

この本を要約すると、(記憶が間違ってたらすみません)

美しいという言葉の中に「かっこいい」という言葉も含まれており、

それは一流スポーツ選手の動きなどで洗練されたものが代表的で、無駄のないものですなわち「かっこいい」。これは理屈からきているので言葉にできて、頭で理解できるものである。

しかし、言葉にできない「美しい」ものもあり、それは自然の美しさである。

自然は人のいる前からあったものであり、人の理屈によって作られたものでない。

夕日や花を見たときの感情がそれである。

 

「わからない」という人は美しいの価値基準が前者の「かっこいい」という判断にのみ基づいているため、理屈で理解できない後者の「美しい」について分からないと言う。

 

 

 

このように書かれていました。

分からないという人はそもそも作品を理解しなければならないものだと思い込んでいる人が多いということですね。美しいということに説明はいらないということです。

マルセルデュシャンの男性用便器をそのまま置いた既製品の作品(レディメイド)「泉」のようなコンセプチュアルアートをのぞけば、作品を見る入り口としてそのような理解は後でいいということではないでしょうか。

 

私の友人に美術に興味のある人がいて一緒に美術館に行ったことがありました。彼も分からないというタイプの友人だったのでこの本を勧めたのですが、なかなか説明が抽象的になってしまい、理解まで時間がかかりそうでした。

 

 

近年ではコンセプチュアルアートが主流なので、理解するのも必要ですが、

二つの「美しい」の見方を大切にしたいですね

 

 

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