アートの価値の決まり方。時代性と地域性。価格の上げ方は?

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こんばんは小堺です。

今回はアートの価値の決まり方について書いていきます。

アートの価値の決まり方

どのようにアート作品の価値が決まるのか。

最初に結論を書きますと、アートの価値は「個人の主観の価値の集まり」です。

これは、ある作品を見て、「これは価値がある!」と思った人が集まることによって、そこのグループ内で「価値」が生まれるということです。

「価値が数十万円ぐらい?」

「20万円ぐらいかな?」

「聞いたことのある作家だし、もっと高そう?」

こんなことを考えている人が集まっていくことによて、なんとなくの相場感がそこに生まれていきます。

アートの価値は数値化できない

相場があるのはお金とか、貴金属もそうですよね。

「お金には価値がある!」と思っている人が集まっていることによって、お金に価値が生まれている。

逆にみんなが「お金は価値がない。」と思えば、価値はなくなり、ただの紙切れになります。

それとアートは同じです。

ただ、お金とかと決定的に異なるのは価値が数値化できない。という点です。

お金なら、これは千円だね。とか決まっているし、金や銀も世界で相場が決まっています。

しかし、絵の場合その相場は決まっていません。(有名画家で相場が決まっていても、絵によって異なるし、オークションなどで跳ね上がることも)

この絵にどれくらいの価値があると思う?と聞いてみんな同じにはならないですよね?

なので、価値が決まりにくいのです。「美しい」ということ自体はそもそも答えが無いことですから。

アートの価値は時代と場所で変わる

アートの価値は時代と地域に左右されます。

例えば時代性では、現在の「美人」と昔の江戸時代の「美人」は同じでしょうか。

浮世絵を見ている限り、違う美人ですよね。

今の日本では西洋的な彫りの深い顔が好まれますが、江戸時代ではふくよかな顔が好まれています。

また、時代だけではなく、地域の差でもこの基準は異なっていて、

日本の「美人」とヨーロッパの「美人」でも基準が異なります。

日本では目の大きい人やブロンドの髪に憧れますが、ヨーロッパでは細い目や黒髪が魅力的だそうです。

このように時代性や地域性の異なるコミュニティのなかではその価値が異なります。

ですからたとえ同じものでも、その時代と地域によって価値が異なるのです。

アートの価値も時代と地域で異なる

アートも同じように時代と地域によって異なります。

時代性に関しては、ゴッホの絵が生前はほとんど売れず、死後に価値が跳ね上がったことはあまりに有名です。

また、地域性に関しては例えば現在の日本では花や人物画などの具体的なモチーフが描かれてた作品が人気ですが、

ニューヨークなどではそれらは見飽きたもので、むしろ抽象的であったり、今までに無かったような現代アートの作品が好まれます。

このようにアートに関しても時代と地域によって異なるのです。

それは、パソコンの普及した情報化時代の現代であっても変わっていません。

価値の決まる要素

時代と地域で価値観が異なりはしますが、価値観を決める要素はいくつかあります。

・美しいか

・技術的に優れているか

・歴史的に今までに無いようなものか

・資産的に今後価値が上がりそうか

などです。

これらの価値基準があり、どれに比重をおくのかが時代と地域でことなるのです。

作品の価値を上げるには

作品の価値を上げるには、そのあるコミュニティに「これは価値がある」ということを伝えて、広めていけば価値が上がります。

過去に千利休が中国のどこにでもあるような安い庶民の器を日本に持ってきて、「これは価値がある」ということを広めたことで、その器は国宝級の価値を持つまでになりました。

現代で考えるならば、「その作家の作品を高く買う」ということが価値を上げることにつながります。

これはオークションやSNSなどで公に広めるとより効果的です。

AIでアートの価値が決まるのか?

もしAIによって価値が決まるのだとしたら、

今後の未来で例えば、AIが絵を評価して、この絵は「50美しい」とか、「3000美しい」とかって評価できれば決まるのかもしれませんが、それはないです。

「美しい」という言葉にはかなり抽象的なニュアンスが多く含まれているので、機械では代用しにくいものだからです。

Twitterのフォロワー数によって価値が決まる、、、なんてこともあるかもしれませんが、

そうすると、大衆にうけるものばかりが評価され、社会風刺的なものや、一見して分かりにくいものなどは評価されなくなるでしょう。

なのでその未来はかなり遠い未来だと予想されます。

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